デス・オーバチュア
第148話「魔皇終曲」




「ふむ、こんなところか」
黒い水晶、いや、黒い金剛石が棺のようにアンベルを内に封じ込めると、回転し、縮小されていく。
宝石は掌サイズになると、ファージアスの右掌に握りしめられた。
「琴姫」
「……私は貴方の人形(物)……いつでも貴方の傍に……」
まるで最初からそこに居たかのように、琴姫がファージアスの三歩後ろに出現する。
「預かっておれ、壊してはことだからな」
ファージアスはアンベル入りの宝石を背後に放った。
「心得ました……」
琴姫は宝石を受け取ると、大事そうに懐……胸の谷間にしまい込む。
「さて、これで問題ない。出てきたらどうだ、死に損ない共……」
「けっ! 闇の皇は闇に還りやがれ!」
突然、声と共に、ファージアスの背後に巨大すぎる砲身が突きつけられた。
砲身の先にはストロベリーブロンド(赤みがかった金髪)の吸血姫、赤月魔夜が居る。
魔夜は、自分の何倍もの長さの非常識な砲身を片手で軽々と持っていた。
「雑魚の中のさらなる稚魚(ちぎょ)か……」
「吹き飛ぶまで気取ってやがれっ!」
魔夜は零距離で迷わず大砲を砲火する。
「えっ? つっきゃあああああああああっっ!?」
魔夜が反動で背後に吹き飛ぶより速く、背後で凄まじい爆発が起こり、魔夜を空高く吹き飛ばした。
「ふん、雑魚にもなれぬ稚魚が百億年速いわっ」
ファージアスは天上を突き破って彼方へ消えていく魔夜などには欠片も興味を示さない。
ファージアスは薄紙一枚分前方に動き、その生まれた隙間に『歪空』を発生させた……ただそれだけだった。
大砲の一撃を呑み込んだ歪空の出口は魔夜のすぐ背後に発生し、魔夜は自分の一撃で吹き飛んだのである。
「まったくだ、我が娘とはいえ、兵器に頼るなど吸血鬼としての美学がない」
「流石に一撃では足りなかったか、雑魚? 」
「あれで終わりでは、いくらなんでも私の立場がない……魔夜、いつまでも吹き飛んでいないで、さっさと我が手に戻れ」
ミッドナイトが右手を天にかかげると、天上を貫いて真紅の両斬刀が飛来し、彼の右手に握られた。
「愚か者が、まだ身の程が解らぬか?」
「では、解らせていただきたい」
ミッドナイトが両斬刀を右手首に固定すると、峰に赤い弦が走り、弓と化し、赤い矢が発生し装填される。
「BLOOD ARROW!」
ミッドナイトの右手の指が微かに動いたかと思うと、赤い矢が解き放たれた。
「小賢しい!」
ファージアスは右拳に暗黒闘気を集中させると、裏拳で赤き閃光のごとき矢を打ち払う。
だが、その間に、ミッドナイトはファージアスとの間合いを詰めていた。
「ぬっ?」
ミッドナイトが無造作に下から左手を振り上げると。凄まじい爆風がファージアスを天上へと叩きつける。
ファージアスは直前でバックステップしており、直接左手が触れていないにも関わらず起きた現象だった。
「昨今、兵器、武器に頼る吸血鬼もいるが……我らにとって最大の武器とは己が肉体……魔夜が転じしこの武器も所詮は力を効率よく使うための……つまり、楽をするためだけの物に過ぎん……」
天上に叩きつけられたファージアスは空中で回転し、綺麗に足から床に着地する。
「なるほど、確かに馬鹿力だけならクライド……いや、我ともそう差がないか……良かろう、塵芥に認識を格下げしようかとも思ったが、雑魚……魔王としては一応認めてやろう」
「それは恐悦至極」
ミッドナイトは胸の前に片手を持っていき、わざとらしいまでに深々と頭を下げて見せた。
「ふん、満足したか? だったら、さっさと下がれ。我にはもはや貴様ごときの相手をしている暇はない」
『ふふ……確かにあなたにはもう時間がありませんね』
突然、ファージアス達の真下に無数の鎖が出現すると、蜘蛛の巣のように張り巡らせ、新たな『床』を生み出した。
「ふふ……いつまでも空中戦というのも落ち着かないでしょう?」
「これはこれは、我が最愛なる妻よ、とく久しいな」
鎖の蜘蛛の巣をゆっくりと渡ってきたのはリンネ・インフィニティ、他ならぬファージアスの第一皇妃である。
「ふふ……また新しい玩具を見つけられたようですわね……ここはその土産で我慢されて、本命は諦めて帰られたら?」
リンネは他人行儀な丁寧な口調だった。
「なんだ、妬いているのか? 我がもっとも愛する女は変わらずお前だというのに。お前はセレーネのように琴姫にすら嫉妬する愚かな女ではないと思ったが違ったのか?」
「ふふ……心配しなくても、人形にすら嫉妬する程、熱烈にあなたを愛してはいませんよ、私は……まあ、その人形は人形の定義に含めていいのか微妙な存在だとは思いますが……それならそれで妃がもう一人増えるだけの話、私にはどうでもいいこと……」
リンネの瞳は怒りも憎悪もなく、ただ冷めきっているように見える。
「ふっ、相変わらずだな。我はお前のそういったところが好きだ。セレーネのような愚かな女も悪くないが、お前やあの人形のように頭が良すぎるせいでひねくれ荒んでいる女というのは最高だ」
「あなたも相変わらず悪趣味ですね……」
「ふん、そうだな……お前も共に帰ってくれるのなら、今回のところはこれで退いてもいいかもしれんな」
「ふふ……ご冗談を、あなたにとって大切なのはルーファスだけ、私も琴姫もただのお気に入りの玩具に過ぎない……」
そう言うと、リンネの瞳の冷たさと鋭さが増した。
「ふっ……あははははははははははっ!」
リンネの指摘に、ファージアスは心底楽しげに笑い出す。
「本当、お前は賢い。だから、好きだ、愛しているぞ、この世で二番目にな」
「…………」
リンネの瞳の冷たさと鋭さは、もはや眼差しだけで人が殺せるほどのものになっていた。
「お前は我にとって一番の女、琴姫は我にとって一番の人形、それでよいではないか、一番には変わりはあるまい?」
「一番ね……聞いて呆れますわ……あなにとってルーファス以外は全てどうでもいい物に過ぎない……ルーファスのためなら、私だろうが琴姫だろうが一欠片の迷いもなく滅せる……あなたが愛しているのはルーファス唯一人だけなのだから……」
「ふん……」
ファージアスは肯定の代わりに、口元に悠然たる笑みを浮かべる。
「お前は信じてくれないが、我は我なりに、お前や琴姫を愛している。あくまで、ルーファスがそれとは別次元に特別なだけだ。まあ、お前はそれが許せぬのだろうがな……困ったものだ」
ファージアスはやれやれとわざとらしく肩をすくめて見せた。
『そりゃそうでしょう、夫が実の弟だけを愛しているホモ野郎じゃ、妻としてはやってられないわよ!』
「ん?」
突然、前方から超高速で飛来した石の大剣がファージアスの左胸を見事に突き刺さる。
直後、ファージアスの右胸にも背後から白銀の刃が飛び出ていた。
「ふむ、大地の刃(アースブレイド)に怨讐の十字剣(ロザリオ)か……」
ファージアスは前後から二つの剣で貫かれた己が胸を他人事のように眺める。
「大地に祝福を(アースブレス)!」
「天使祝詞(アヴェマリア)!」
大地の力を現す琥珀色の閃光と、神聖なる滅魔の閃光がファージアスの体を跡形もなく消し飛ばした。



「わたしのルーファスにつきまとわないでよね、変態」
「わたくしの御主人様に近寄らないでください、魔眼王」
ファージアスを消し去った二つの剣は、そろぞれ逆方向に飛んでいく。
そこには、それぞれセレスティナとDが立っていた。
「ふふ……姿を現さないかと思えば、ずっとこの機会を狙っていたのね……でも、残念ながら変……んっ、私の夫はその程度では葬れないわ」
「えっ?」
「やはり……」
『ふっ、くくくっ、あはははははははははははははははっ!』
闇が、いや、闇より昏く深い暗黒が宙に集まりだし、人の形を成していく。
「流石、我が弟はモテるな。それも、この我を滅しようとすほどの怖い女共に……」
ファージアスは無傷な姿で、再び鎖の蜘蛛の巣の上に降り立った。
「……怨讐のロザリオでも滅しきれませんか……それも、たかが地上(ここ)に来ている一割程度の存在すら……」
「いやいや、なかなか見事だったぞ、闇よ。それに……」
「…………」
ファージアスはしばらくセレスティナを見つめた後、苦笑を浮かべる。
「我の『方』はそんなに嫌いか? 我はあやつの半身ぞ」
「ええ、大嫌いよ、あなたなんて……」
セレスティナが嫌悪と憎悪を込めて睨みつけると、ファージアスはますます楽しげに笑った。
「だから、やめておきなさいって言ったのよ。ほっといても、その人、もう帰るんだし〜」
「けっ」
声と同時に修道女が姿を現す、その背後には不愉快そうな表情のダルク・ハーケンが立っている。
「知の蒐集者(しゅうしゅうしゃ)か。こうして顔を会わせるのは初めてで良かったかな? それとも、我が忘れているだけか?」
「さあ? 少なくとも『私』は初めてだと思うけど?」
「ふむ?」
ファージアスとディアドラは妙に意味深で謎な会話をかわした。
「で、何しに出てきた? あれだけ、我の邪魔をしておいて、ぬけぬけと我が前に姿を晒すとは、図太いにも程があろう」
「無論、あなたの終幕を見届けによ」
ディアドラはファージアスを目前に欠片の恐怖も見せない。
まるで、ファージアスが自分に手を出すわけがないと決めつけているのか、手を出されても自分が負けないと信じているかのように、堂々としていた。
「くくくっ、敵わぬな……確かに、我にはもはや貴様の相手をするだけの力は残されておらぬ。先程の大地と滅魔の力から逃れるのに、残る最後のエナジーを使い切ってしまった……もはや、いつ消えてもおかしくあるまい」
「えっ?」
セレスティナが驚きの声を上げる。
「貴様ら、誇って良いぞ。確かに、貴様らは我が地上に滞在できる時間を縮めたのだからな……おかげで、我は愛しき弟に巡り会うことなく、魔界に帰られねばならぬ……口惜しいことだ」
そう言っている間に、ファージアスの姿がゆっくりと薄れだした。
「まあよい、雑魚共との遊戯もそれなりに楽しめたし、素晴らしき土産も得られた……帰るぞ、琴姫」
「はい、魔皇様」
琴姫が琴を奏でると、ファージアスが出現した時と同じ魔法陣が瞬時に出現する。
「では、失礼しよう。我が受肉するには地上(ここ)はまだまだ魔の気が足りなさ過ぎる……」
ファージアスは、琴姫を抱き寄せると、暗く禍々しい閃光と共に掻き消えた。



「ふふ……もう出てきてもいいわよ、ルーファス?」
ファージアスが完全に消え去ったのを確認すると、リンネは背後に語りかけるように呟いた。
「ふん、相変わらずうざい野郎だ」
リンネの背後に、気を失ったタナトスを抱き抱えたルーファスが姿を現す。
「ルーファス!?」
「ルーファス様!?」
セレスティナとDの驚きの声が重なった。
「ふふ……てっきり、最後の最後であの人にトドメを刺しに現れるかと思っていたのに……」
「はっ! どうせあれは魔王達がこの場に放出した魔力や魔気を集めて依り代にした仮初めの器だ、滅したってあいつの意識が魔界に強制送還されるだけのこと。それより、俺に会えなかったことの方があいつにとっては堪えるだろう?」
「ふふ……それもそうね。あなたに一瞬でも会わせたら、ただあの人を喜ばせるだけ……これで良かったのかもね」
「ルー!?」
虚空から、フィノーラとゼノンが姿を現す。
「お前か、フィー……」
ルーファスは出現したフィノーラに視線を向けた。
その瞳は氷のように冷たく澄み切っている。
「あ……その……あっ……う……」
フィノーラはまるで子猫か何かのように怯え、後退った。
怖い。
殺ろされるのが、滅されるのがではない、拒絶の言葉を口にされるのが何よりも怖かった。
「なあ、フィー、いつからお前は俺のすることに干渉できる程偉くなった?」
「ああ……ご……ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい、ルー! お願いだから嫌いにならないでっ!」
フィノーラは魔王の威厳の欠片もなく、子供のように泣きじゃくって哀願する。
「まあ、タナトスに手を出したことは、タナトスの奴はたいして気にしてないだろうけどさ……なんで、俺がお前に束縛されなきゃならないのかな?」
「ごめんなさいごめんなさい! だって、ルーがこんな人間の女なんかを……」
「ああん? こんな人間の女?」
冷たく透き通っていた瞳に殺気が宿った。
「ひっぐっ……ああ、ごめんなさい! もう二度とあの子には手を出しません! だから、だから、許して、ルー!」
「たっく、俺は束縛はもちろん、干渉されるのが大嫌いだって解らないのか? だから、お前はネージュと違って……」
「あっ……」
もっとも聞きたくない言葉が口にされる、そう思いフィノーラは覚悟するように身構える。
「ストップ」
黙ってフィノーラの真後ろに立っていたゼノンがルーファスを止めた。
「このくらいで許してやったらどうだ? 可愛い焼き餅のようなものだろう」
「ゼノン……」
彼女が庇ってくれるとは思いもしなかった。
だって、ゼノンは自分の女っぽいところ……女々しいところを嫌っていたはずだから。
「ふん、解ったよ……お前がそう言うなら今回だけは許してやるよ。フィー、次はないぞ……」
「本当!? ありがとう、ルー……」
「礼ならゼノンに言え。たく、馬鹿らしい……俺はもう帰るぞ」
ルーファスはさっさと自分とタナトスだけ立ち去ってしまった。




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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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